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つくり手を訪ねて
天然パン工房 楽楽 石原 貴

2013年7月

大通りから曲がったところに、辺りが田んぼに囲まれた住宅地がある。
空気が清々しくておいしい、この一角にパン屋さんがある。
一見するとパン屋さんかわからないごく普通の一軒家が、
夕方には完売してしまう程の人気のパン屋、楽楽さんだ。


楽楽さんが誕生するまで

楽楽さんを始めた石原さんご夫婦に取材をさせてもらった。

元々は、関西出身でサラリーマンだったというご主人。
糸島でパンづくりを始めたきっかけを伺った。

「体が弱くて喘息やアトピーを持っていました。」

会社を半年間、休職しなければならない程その症状はひどかった。

「薬をやめたいと思っていました。薬を使わない治し方を探していました。」

しかし、薬を使わないとリバウンドをしてしまった。

「福岡には転勤で来ました。でもまた会社を休まなければならない状態になってしまって。
その時はマンションに住んでいたんだけど、空気のおいしいところで、
地に足をつけて生活したいと思い、一戸建てを探し始めました。」

そして自然と触れ合える糸島が気に入り、糸島に住むことに決めた。

「なんというか…何かがあったんでしょうね。縁があったんだと思います。」

何が何でも糸島に住みたいというより、石原さんの中で糸島に住むことは自然の流れだったようだ。

続いて話題はパン屋を始めたきっかけに。

ご主人が何やら1冊の本を取り出した。


−『アトピーは自然からのメッセージ』赤峰勝人−


「この本に出逢ったことがきっかけですね。」

1冊の本は、時としてのその人の人生観を変え、その人生観でできる道がある。

「この本を読んでから、玄米菜食にしたんです。
でもずっと続けていると、時々違うのも食べたくなるんですね。
それで、たまたま家に1台オーブンがあったからちょっとパンを焼いてみたんです。
すると上手く焼けたんです。それから何度か挑戦してみて…
仕事にできたらと思い始めたのが始まりですね。」

たまたまあった1台のオーブンが石原さんのパン屋人生の始まりだった。
人生は、たぶん偶然で成り立っている。
その偶然とどんなふうに関わっていくか、
で、その人の歩む道が成り立っているのだと思う。
案外、そういうもの。

石原さんは、アトピーや喘息で苦しんだ時間がおそらくあって、
奥さんはその姿をずっと隣で見て支えてきた時間がある。
その時間を経てきたからこそ1台のオーブンが石原さんの使命となる仕事になり、
石原さんのパンを必要としているたくさんの人に
希望を届けることになっているのかもしれない、
と思った。


石原さんのおもい

楽楽さんのパンの大きな特徴の1つは
原材料や素材は厳選し、
乳製品や卵を使わないなどアレルギーやアトピー体質の方などに
オーダーメイドのパンを作っていることだ。
時間と手間と想いを込めて「その人」に届ける。

ご自身の畑で野菜も育てている。
バジル、モロヘイヤ、しそ、おくら、ピーマン…
どれもこの時期の旬の野菜。
これがパン生地に練りこまれて野菜パンになる。
自分の手で育てた食材を使って、自分の手で捏ねて、
自分の手で焼く。
そうやって身体と心が元気になる想いのいっぱい詰まったパンをつくる。

「パンを焼きたいというより、パンをつくることを通して食のことを伝えていきたいと思っているんです。
発症するのは食べ物だけでもないし、ストレスだけでもないし、いろんな要因があります。
でも1つ大事なことに食事があることは確かです。
自分が身体が弱くて身を持って体験しているので、それでわかったことを表現しています。
それが私がパンづくりをしている意味でもあり、意義でもあるんです。」

全国に、いや世界に発信していきたいと話してくださった。

「自分は気づいたから気づいたなりのことをやってる。
『ぜったいこうじゃなきゃ!』というのはありません。」
想いは強いが決して高飛車ではない。

奥さんも「これが絶対正しくてダメで、というのはないですよね。
『うちはこうです。』ということでやっています。
あとはこうなっていけばいいな〜という気持ちですね。」
と。


何を否定するでも肯定するでもなく、自分たちがわかったことで、
わかったなりにやるべきこと、できることをやっている。

「アトピーと喘息のおかげなんです。
だから恩返しをしたいと思ってるんです。
糸島の人に本当にたくさん助けてもらっています。
パートさんがいるから自分はパンを焼けるんです。
病気の時には妻には本当にお世話になったし。
畑でも助けてくれる人がいますね。」

今、楽楽さんを支えてくれる人たちのことを
“最強メンバー”だと自慢げに伝えてくださった石原さん。
この言葉に表れているように、石原さんは本当に感謝をする方だ。
そしてその感謝の気持ちをこうしてちゃんと伝えることができる方だ。

「糸島には人を受け入れる土壌があるんだと思います。
本当にたくさん助けられて、感謝しています。とてもたのしいですね。
大変は大変ですけど、お客さんが『パンありますか?』って覗いて来られる。
それが本当に嬉しいんです。」


パンに込められているもの

夕方、仕込みの様子も拝見させてもらった。
石原さんの顔が真剣な眼差しに変わった。

工房の温度は32度。
夏は暑い。

捏ねて、捏ねて、捏ねて、
最後に“ポン”と叩く。
想いを込めているらしい。

そして明日の深夜までねかせる。
ご主人は深夜1時に起きて、その日のパンを焼く。
ご主人の生活リズムはパンのリズムとなるのは当然だが、
体力、エネルギー、根気が必要なのは間違いない。

でも石原さんの口から弱音の言葉は出てこなかった。
むしろ丁寧で、強くて、それでいてどこかしなやかなパワーを感じた。

「祈り、気持ちを込めて焼いています。想いは通じると思っています。」
何を、誰を否定するでもなく、ただただ感謝をする石原さんに真の強さを感じた。

「まわりすべてが、おだやかでゆたかで健康でゆかいでありますように。」
そんな願いを込めながら今日も、石原さんは気楽に楽しく、
そして想いを込めて「楽楽パン」をつくっています。

本当に素敵なご夫婦だった。
笑顔の向こう側に、おふたりにしかわからない知られざる時間がある、
人の笑顔を見て、こんなことを感じたのは久々だった。
知られざる時間の文脈の中で生まれてきた、たくさんの想いと、
おいしさがぎっしり詰まったパンを、ぜひ噛みしめてくださいね。


インタビューと文 土橋 綾
写真 山下 舞