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ひと アクセサリー作家

つくり手を訪ねて
フタツの制作所

2016年5月

作る人と使う人、中村夫妻の「フタツの制作所」

フタツの制作所は、木工品をつくる中村謙太さんと、七宝アクセサリーをつくる中村理絵さんご夫妻共同のアトリエ。糸島市本の、多彩な作り手が集まる「芸術村」の一角にそのアトリエはあります。ご夫妻の作るものはそれぞれ異なりますが、互いを尊重し合い、共鳴しながら、たった一つの「フタツの制作所」のスタイルを生み出しています。

Rie Nakamura

やさしい色合いのアクセサリー
古来から使われてきた七宝焼きを用いることでアクセサリーに彩りをもたせる。花や蝶などの自然のものをモチーフにしたり、子どもを授かったことで感じた繋がりを表現している。

《Rie Nakamura》の作品はこちら

【さわやかでやさしい作品たち】

中村さんご夫妻の出身大学はともに九州産業大学。所属学部こそ同じでしたが、学科が違い、学年も1つ違います。出会ったのは大学卒業後のこと。そして、2015年に「フタツの制作所」として出発します。

中村理絵さんの作るアクセサリーは、七宝という昔ながらの技法を使いながら、現代的で軽やか。花や蝶、水たまりなど、事物を抽象化したシンプルでやさしいモチーフや、「リズム」や「つながり」など、形をもたないテーマの作品もあります。

一方、中村謙太さんの作る木のスプーンやお皿、トレーなども、昔ながらの技法を使いながらやさしい雰囲気を表現しています。漆仕上げの「ミズタマリ」のシリーズなど、理絵さんのつくる七宝アクセサリーと共通するテーマのものもあります。

理絵さんは個人名義でも活動していますし、それぞれの扱う素材も用途も別々。それなのに、不思議と「フタツの制作所」として通底するものを感じます。そこにはどんな秘密があるのでしょうか。

【絵を描くのがおもしろくなくなった】

木工作家の謙太さんは福岡市生まれ。転勤族で大阪、岡山、鹿児島を転々とした子ども時代。ものを作るのが好きで、「ゾイド」(80年代に流行した組立式ロボット玩具)にはまったとか。

とりわけ絵を描くことが好きで、絵画教室にも通って、風景画などをよく描いていました。勉強は嫌いでしたが、大学まで行くなら絵を描ける大学に行こうと、画塾に通い、九産大の芸術学部へ進学します。 ところが、絵が描きたくて入ったはずの大学で、謙太さんは壁にぶつかります。


「絵が描けなくなりました。先生に良い悪いとかくだらないなどと言われて、絵を誰のために描くのかわからなくなって、おもしろくなくなりました。(中略)描きながら、誰かのためにとか、誰かが良いと思うように描かないといけないのかとか、そんなふうになったら自分を表現するということとは違ってくるんじゃないかっていうことを考え始め、描けなくなりました」(謙太)


卒業後は美術の教員を目指すことにしますが、教員採用試験を受けても、当時はそもそもほとんど採用がありませんでした。2年続けて不採用となると同時に、描くことを楽しめないのに美術を教えることへの疑問も強くなり、改めて自分のやりたいことは何なのかということを考え直しました。

「人のために絵を描くものじゃなく、自分の表現として描かなきゃいけないっていうところが、自分の中でわからなくなったところです。じゃあ、(純粋に)人のために作れるもの、人のためにできるものって何かなと思ったときに、木工や製造に目を向けました」(謙太)


そこで最初に考えたのが、ギターなどの楽器を作ることでした。そのことで、ギターを演奏する人たちのためになると考えたのです。けれど、当時は肝心の木工の経験がありませんでした。ギターの工房や制作会社の門を叩くも、未経験者となると仕事をさせてはもらえません。

【職人修業の7年間】

その後謙太さんは、木工の基礎を学ぼうと、佐賀県のある建具職人のもとに弟子入りを決意。1年間職業訓練校で木工を学んだ後に、2005年に弟子入りを果たします。ところが、その親方が、とんでもなく厳しい方だったそうです。


「さっき作ったものがいつの間にか、チュインチュインチュインとちょん切られて、あれ?と思ったら「作りなおせー!」と言われ、建具や障子を作ったらバッキンバッキン折られて「作りなおせー!」と言われてました。もう恐怖の存在ですね。」(謙太)


今でこそ「厳しく教えていただいた師匠には、今ではすごく感謝してるんです」と語る謙太さんですが、最初の数年は毎日やめたいと思ったというくらい辛い修業の日々だったそうです。建具製作技能士1級の試験を合格することが弟子上がりの条件とされ、弟子入り6年目でようやく合格することができます。それが2011年のことでした。それから1年の御礼奉公を含め、計7年間の職人としての修業の日々でした。

その後、2012年からは福岡市の家具会社で働き始めます。そこはアーティスティックな一風変わった家具を作っている会社。そこで謙太さんは、職場の先輩の作ることを楽しんでいる姿に少なからぬショックを受けたそうです。


「すごく楽しんでいるんです、作ることを。私は今までそんな環境ではなくて、作るって言われたらもう図面通りにして、脇目も振らずにただきれいに言われたことを仕上げていくっていうことでした。(中略)新しい自分が見えてきたっていうか、ちょっと元に戻って来れたのかな。絵が好きだった頃に戻れたのかなっていう感じがしました」(謙太)


謙太さんは「誰のために作るのか」というところで立ち止まり、7年間ストイックに、自己表現とは切り離した職人としての修行を積むことを選びました。その期間で確かな技術を身につけることはできましたが、そこで「作ることを楽しむ」ということを忘れてしまっていた自分に気がついたのです。

【金属にあたたかみを出したくて、七宝を取り入れた】

一方、七宝アクセサリーを作る理絵さんのご出身は北九州の門司。子どもの頃はお母さんが通っている陶芸教室に連れて行ってもらって粘土いじりをしたり、絵を描いたりするのが好きで、幼いころから美術にはずっと興味があったといいます。

大学で美術方面に行くと決めて、デッサンの予備校に通い、九産大の芸術学部に進学します。

デザインの基礎を一通り学び、工芸を専攻。3年生の後半に研究室を選ぶ段階になって、彫金に取り組み始めました。


「ジュエリーが作りたくて(大学に)入っていたので、始めから金属っていうイメージがありました。ファッションに携わる何かをしたいって思っていたから、彫金にしました」(理絵)


卒業制作ではアートジュエリーを制作。身につけるものというより、オブジェに近いような、アート作品としてのジュエリーでした。大学だけでは彫金の技法を学ぶには物足りず、東京芸術大学の大学院に進学して2年間彫金の技法を深め、同時に七宝にも触れるようになります。


「大学院の授業にも七宝はありました。金属のような冷たい硬いイメージがすごくあるものを、どうにかやわらかく、かろやかさとか、あたたかみを出すために、色を使いたくて、七宝を取り入れたいと前々から思っていました」(理絵)


大学院を修了した2004年からは、七宝を専門とする工房に勤め、3年間七宝の技術を深めました。そして2007年からは門司に戻り、九産大に非常勤講師として務めながら、七宝と彫金の教室を始めます。

その頃から、個人の作家として作品展示会を開くと同時に、少しずつアクセサリーの販売も始めるようになりました。


「(最初は)今作っているようなのとは全然違う。模索中のものでした。(現在の形は)なんとなく自分の好きなもの、自分でも始めはわからなかった部分が、だんだん絞れてきたのかな」(理絵)


大学院を出てから、展示や販売の機会を増やし、同時に自分の教室を開くことを通して、理絵さんは少しずつ、やわらかく、かろやかで、シンプルな今のスタイルを確立していきました。さらには、身につけるアクセサリーであるということも、作品づくりに影響していたのかもしれません。夫である謙太さんは、理絵さんの言葉にこう補足します。


「アートとしてのものだけではなくて、身につけるものだから、身につける人の顔を意識して作ったりしてない? 『あの人に付けてもらいたい』と思ったりしながら。そういう感じで形が生まれてくることもあるよね」(謙太))


理絵さん自身はそう強く意識せずとも、アクセサリーを付ける人にとって良いものと、自分の表現したいものが一致するところに自然とたどりついたようです。それはきっと謙太さんにとって、魅力的に映った部分なのでしょう。

【糸島を、帰る場所にしたい】

理絵さんが個人名義で七宝アクセサリーを作り、謙太さんが福岡市内で働いていたころ、ふたりは出会い、やがて夫婦となりました。そして、「フタツの制作所」としてスタートします。 「名前は『ふたりで作る』が発端でしたが、『作る人と使う人』という意味でも、『フタツの制作所』としました」(謙太) 現在の謙太さんの作品には、理絵さんの影響を色濃く感じます。例えば、理絵さんのピアスと共通したモチーフの木のお皿「ミズタマリ」などがそうです。


「アクセサリーのことは男だから、あまりわかりません。でも形については話したりします。私の作る木工のものとかは、妻にもよく入ってきてもらいます。『こうした方がいいんやない?』とか『こうやない?』とか。そういうところをこれから家具や建具を作るのにもどんどん入れて、(ふたりの作るものを)リンクしていきたいです」(謙太)


謙太さんの確かな技術に支えられながらも、そこにあるやわらかさは、理絵さんのスタイル。色のない金属が七宝によってやさしい色彩を得たように、木のお皿「ミズタマリ」は、古くからある漆仕上げによって、色彩豊かな表現を広げることになりました。

また、新しい家族が増えたことで、理絵さんの表現にも新しい動きが生まれつつあります。妊娠中の思いを表現した「つながり」というブローチや、胎動をモチーフにした「ぽこぽこ」というブローチも生まれました。

今後は木工と金属を組み合わせた、ふたりの作品も作っていきたいとか。また、謙太さんは、家具などの大型の作品づくりにも取り組もうとしています。「フタツの制作所」のやさしい雰囲気が生かされた家具を想像するだけでも、わくわくしてしまいます。

さらには、糸島という環境もおふたりにとって良い影響を与えているようです。


「今まで住んだなかで、いちばんいいかな。(中略)私はどこかひとつを拠点として『帰る場所』がほしいなっていう気持ちがずっとあります。子どもが大きくなっても、帰って来られる場所にしたい。糸島を、帰る場所にしたいです」(謙太)

「ここがいやとか、そういうの全然ないね。いいとこばっかりです」(理絵)


フタツの制作所は、この糸島で、謙太さんと理絵さん、そして作る人と使う人という「フタツ」の間で影響を与え合いながら、角のとれた、使う人にもやさしい魅力的な作品をこれからも生み出し続けてくれそうです。


インタビューと文 野島 智司
写真 

Rie Nakamura

やさしい色合いのアクセサリー
古来から使われてきた七宝焼きを用いることでアクセサリーに彩りをもたせる。花や蝶などの自然のものをモチーフにしたり、子どもを授かったことで感じた繋がりを表現している。

《Rie Nakamura》の作品はこちら

おかいもの 身に付けるもの

はなさくとき

真鍮と切り絵のようなお花の組み合わせがステキなヘアゴム。
使い込むほどにアンティークのような味わいが出てきて、新品の時とは違った美しさが楽しめる真鍮。 経年変化を楽しんだり、時には磨いて本来の輝きを楽しんだり出来ます。 その真鍮とrieさん独特の世界観で描かれたお花のモチーフは存在感があり無造作にまとめた髪もぐっとおしゃれにしてくれます。 お花の中の模様も手作業で付けられているので一つずつ表情が違うのも魅力的。